物語と手をつないでく

読んだ本について書いています。海外小説が多いです。

天使の記憶 ナンシー・ヒューストン 1988 フランス

今回の1冊は、新潮社クレストブックからの1冊です。ミステリアスな心を閉ざしたメイドと結婚したフルート奏者、そして妻はある日夫の知人の楽器修理職人と激しい恋に落ちてしまう。という帯の説明を読んだ時には、ちょっと謎解き的な要素もあるのかなと思いましたが、全然そんな要素はなかったです。
心を閉ざしている人=妻は夫の知人と恋に堕ちる下りが書かれるまでは、内面が垣間見えない、言い換えれば
なぜ、この小説において心を閉ざしているという設定が必要なのかよく分からない状態で、心を閉ざしている描写がされています。しかし、知人と恋に堕ちてから、彼女の傷が第二次世界大戦の時に受けた様々な酷い行為によるものだと言う事が分かっていき、それと、この小説の時代設定の大戦後のパリにおけるアルジェリア独立戦争とがうまい具合に背景として絡まっていくという展開をとっています。
小説の時代設定と、作者の意図(やりたい事)がカチットうまいパズルのようにはまっている小説です。
私としては、戦争のトラウマによって心を閉ざすという図式は、ありきたりすぎるかもというのはちょっとあります。特に前半の妻の心を閉ざしている様子の描写は、かなり超越された人間の様子で、それが生まれ持った気質であるかのような感じだったので、あ、戦争によるものなんか、と分かった時は拍子抜けでした。
心を閉ざしているというよりは、生きる事を拒否している、全てを受動して生きているという感じで描こうとしていて、その描写が超越した人間のように見えたのかも知れません。ただおもしろかったのは、彼女から戦争中のトラウマを話された楽器修理職人の方が、そういうのを押し付けないでくれ、自分自身で死ぬまで抱えて生きるしかない。という感想を抱いている箇所があった所です。普通だと、お互いに傷を話して癒し合う関係が書かれるのに、そうではない人のリアルな感情が出てきています。
この小説が執筆されたのは、1990年代頃ですが、今においてさえなお、繰り返し語られるユダヤ人虐殺問題(第二次大戦)は、ヨーロッパにどれ程の傷をもたらしたのかと感じさせます。(アウステルリッツしかり)