物語と手をつないでく

読んだ本について書いています。海外小説が多いです。

わたしたちが孤児だったころ カズオ・イシグロ 2000 イギリス

読ませるのがうまいんだよこの人は。純粋なミステリーじゃないから、謎なんてきちんとは解かれないし、きっとたいした謎じゃないし、その謎を知ったところで悲しみが増すばかりだと分かってはいるものの、先が気になって読まずにはいられない。やっぱり読ませるのがうまいんだよ。
バンクスが上海に行ってから、監禁されている両親を助け出すという、客観的に見たらどう考えても荒唐無稽な思い込みに周囲の人々が疑いを挟まず協力してくれるのが、まるで夢のようなふわふわした世界に思えた。中尉なんか、自ら危険を冒して、両親が監禁されているとバンクスが思い込んでいる家まで戦渦の中案内してるし。まぁ全て一人称(バンクス目線)で述べられているので、作者としては、どこまでが真実なのか読み取ってよというところなのかな。両親を子供の時に失って、現実に常にうまく対処しようとしてきた主人公の自分に対する過剰な自信の思い込みが表現されているのかもしれない。
「わたしを離さないで」を読んだ時にも感じたけれど、彼が描こうとしていることと、小説の舞台設定がすごく乖離しているような気がする。本当に描きたいのは人間の心の小さな揺れ動きであって、探偵とか日中戦争の陰惨な様子とか、臓器提供の為に生まれてきた人間(わたしを離さないで)とかは、その言いたいことを成り立たせるための背景にすぎないのではないか。だから、途中、日中戦争の戦火の様子がかなり細かく記述されているのだが、(飛び出した腸が云々)その描写の酷さにもかかわらず、なんだか浮いているような気がした