物語と手をつないでく

読んだ本について書いています。海外小説が多いです。

別荘 ホセ・ドノソ

「とある小国の経済を牛耳るベントゥーラ一族の人々が毎年夏を過ごす辺境の別荘、ある日、大人たちが全員ピクニックに出かけ、33人の子供達だけが別荘に残される。」
という設定から、主役は残された子供達で、その1日の間に起こる様々な出来事が書かれているのだろうと想像して読んだら、まったく違った。いい意味で裏切られた。
作中で作者が言及しているように、主役は個々の登場人物ではない。誰1人として主役ではない。重要なのは、それぞれの登場人物と小説の舞台設定との関係性である。そして権力を巡る闘争に焦点が当てられている。
主導権を握る者が次々に変わっていくのが面白い。力を得たと思った者が、次の瞬間には別の者にたやすくその場を奪われる。階級ごとの闘争ー大人達、子供達、使用人達、外国人達、原住民達ーもあるが、それぞれの階級も一枚岩で固まっているわけではなく、階級の中にも権力争いがある。異なる階級と結託する者もいる。皆、自分なりの執念に基づいて戦っており、結局、自分以外は全部敵なのだ。小説の中で最終的に勝利するのは外国人達だが、それもいつまでも続くわけではないだろうと思わせる。力をめぐる争いはいつまでも続き、その中で人間は生きていかなければならない。
第2部で時間軸が壊れ、大人達がピクニックから帰還したのが1日後なのか、1年後なのかを故意に曖昧にしているが、私は1年は経っているものとして読んだ。その事実に目をつぶる大人達を滑稽に描いているように思ったからだ。夢を見続けたが故に、大人達は最後にしっぺ返しを受けたのではないだろうか。けれど、現実を見ていた子供達が勝利できたわけでもない。更に広大な力の前には無力だし、原住民達にいたっては常に目の前に現れる権力に従うだけだ。誰をヒーローにする訳でもない、登場人物に対する突き放し方も素晴らしいと思った。
この小説では作者が度々、自分の物語について説明する。ポストモダン的な、技巧的な意味もあるのだと思うが、自分の小説が読者に受け入れられるのか本当に悩んでいて、それを吐露せずにはいられなかったような切迫感も感じられ、嫌みには感じず、非常に面白かった。仕掛けの部分と切実な思いのバランスがうまく保たれている。第2部の外国人たちの章の冒頭で、作者が作中のある人物と出会い、バーで一杯やる部分は作者の解説のクライマックスだと思う。


『すぐに降りろ、この馬車は私のものだ、乗るんじゃない、こう呼び掛ける彼の顔はやつれて黄身ががかり、必死で作業を続けようとするその手には、助かりたい、いや、助かりたいというより、裏切り者たちと早く合流したい、さらには、これまで常に騙す側にいたのに、突如として騙される側に置かれてしまった自分に我慢がならない、そんな気持ちが溢れていた。』